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2007年9月28日 (金)

愛してるけど好きじゃない

ウチの親は小役人的である。なんというかその言葉がぴったり来る。小役人だって悪いことはない。きちんと生きて、誰に迷惑をかけているわけではなく、非難されるいわれもない。だが、私の言わんとしていることは、大きな口をたたくわりに、行動が伴っていない、というなんともいえないニュアンスを伝えたいのだ。
「これからはグローバル社会なのに政治は分かってないな」、と世間のニュースに偉そうなことを言いつつ、「結婚費用を留学費用に貸してくれ、必ず返すしなんだったら結婚式はしない。多分私は結婚しないから一人で生きていくキャリアを付けるためになんとかこの学位を取りたい」と
人生始まって以来、初めて親に頼みごとをした娘に、「留学より嫁にいけ。結婚費用は、相手の親への親の体裁だ。お前達の為の金じゃあない。俺達の体裁だ」と答えちゃうところね。で言った翌日にはケロっとニュースの政策に前述の文句を付けて、いかにも俺は、的格好を付けて、かつその矛盾を感じてないところ。だから私はあまり理屈をいうのが好きじゃない。そこだけは親とは完璧違っている。
大分たって、親の在住地から数百キロ離れた地方で勤めて、私は帰宅時に馴染みのすし屋が出来て、隣に相席になった人と話をしていたところ、偶然昔仕事で親と関係のあった人だった。親も定年になっていたこともあり、お互いかなり飲んだところで、「うちの親の評判どでした?」と聞いたら、「うん。小役人的だったよね~」と言われたことがあり、なんだか神様に同意してもらった気がした。だって、あまりに偶然すぎるしね。
だから、未だにTVに偉そうに文化人気取りで話をする父親を見ると、イタイし、切ない。哀しくなる。

また、私が親と同居していた結構長い時間の中で、
親の友達が、親の所へ遊びにきたとこ見たとこがない。でも、ここは私は親と同じ。限られた中でひっそりと生きている。友人関係も非常に貧弱だここは絶対親と同じにはなりたくない。絶対今から変えたい。うちの親は弱者には偉そうに言えるが、かなりの内弁慶なので、社会的な評価が入るところだと、プライドが折れることが多いからなのだろうなあ。

きっと、親が病気で倒れたら、看病に行くし、介護もしてしまうだろう。金銭的援助もするだろう。ほっとけないし、幸せにくらしてほしいとおもう。親を傷つける相手には怒りもするだろう。多分私は親を愛してる。でも、好きじゃない。親は親でなかったら友達になりたいとは思わないだろう。

以前敬愛する恩師(もう天国だけど)が、就職先に悩む私に語ったこと。『外国で聞いたこういう小話があります。ある老父の娘に若い男が来て、「お嬢さんを愛しています。嫁にください」と言った。老父は「お前うちの娘が好きか?」と聞いた。男は「全身全霊で愛しています」と言った。老父は、「そうではなくて、好きか?」ともう一度きいた。男は一拍ためらった。老父は男に「娘と結婚しない方がいい」と結婚を許さなかった。僕はこの話が好きで、自分の娘に求愛する男が来たら、絶対「娘を好きか?」と聞こうと思っているんですよ」と』。。

人間は以外と隠しているようで、透けている。それは年端がいってない娘にさへ透けてみえるのだ。好きではない相手を愛している自分ってなんだろうなあと思う。

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