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2007年10月24日 (水)

感情のコントロール

感情はコントロールしたくない。それに私の場合はするべきでもないと思ってる。感情から発生する行動はコントロールしたいけど。ここのわけ方は大事だ。つまりそれは「本音と建前」という汚い大人の方法に思えるかもしれないけれど、私にとっては、自分ではなかなか出来ないとても素晴らしい方法の一つ。習得したいぜ。分離が自分の精神の中で出来るっていうのは、精神的には成熟の一つのバロメーターだ。ADHD的側面からは、相手にそれを使われると、自閉的な私は真正面から捉えてしまうから、相手の本音が見分けられなくて困るけど。本音と建前を自分で自覚できれば、自分の感情も社会の状況も両方分けて把握できるってことだもんなあ。

感情をコントロールしようとすると、ろくなことはない。ただでさえ自分が何感じてるか見えないのに、余計にわけ分からなくなってしまう。感情をコントロールしよう、怒らないでおこう、悲しまないでおこう、愛する母親にこんな怒りの気持ちを持つ自分は間違っている、姑が・愛する夫がいくら暴力をふるってもそれに怒りをもつ私は間違っている、こんな私は私ではない、こんな私は嫌いだ、とかね。

んなわけねーじゃんねー。怒られりゃ腹立つし、頬張られりゃ痛いのよ。人間。

うちの父親はそういう人間だったな。前私が見合いすることになった時、見合い相手と二人きりで会うことになって、すっぽかされて、親に電話して惨めで泣いてたら、「お前が泣くのは間違っているっ!!悪いのは相手であって、お前ではない。お前が泣くという行為をするのはおかしいっ!!」てね。私は「間違ってるか正しいか正しくないかなんて、どーでもいい。それは辛かったねって一言言って。その言葉だけでいい。てか今聞きたくない」「そんな間違った感情を認めることは出来ん」「あ、そう。じゃ切る。」.....悲しむことに間違ってるがあるか。悲しいものは悲しいんじゃ。相手が悪いのだろうとなんだろうとさあ。今大人だから言えるけど、子供のころはまるまる親のいうこと受け入れてたから、しんどかったよなあ。よしよし。

感情はそして、自然に生まれて、そしてほおっておくと落ち着いていくもの。怒りも悲しみも苛立ちもねたみも、大変だし辛いけど、大事に感じたい。魂の自分からの愛のメッセージだもの。

って、今日みたいになんだか生まれなおした様に寝起きがよい朝は、頭がスッキリと整理されるんだけど。どしたらこういう寝起きになるかねえ。朝のカーテンからの朝の光かしら?

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